2005年04月22日

ゆとり教育に謝罪・・・今更あやまられても><

●中山成彬文部科学相は水戸市の茨城大教育学部付属小、中学校を訪問した際に、
ゆとり教育について「導入は拙速すぎた」とゆとり世代の中学生に謝罪したそうだ。

●私も中学ぐらいからゆとり教育が段階的に導入されてきた世代なのだが、
とっくに大人になってしまっている今、
今更になってゆとり教育の非を認められたところで非常にやるせない。

●私共20代世代は、私の主観ではあまり頭のいい世代とは思っていない。
個人差では優秀な人物もいるのだが、平均すると良くないと思っている。
NEET世代も同じ現在の20代から輩出している。

●今の15〜20才のこれから社会に出てくる若者も同じような感じ・・・
いや、初めからゆとり教育に浸かっていたおかげで、更に可哀相かもしれない。

●今回の謝罪は、まず一歩進んだという感じだが、
肝心なのは、ゆとり教育の非を認めたことによって、
これからの教育と、現在のゆとり教育世代へのサポートをどうするかが課題になる
方向には進まないのだろうか!?

●現在のゆとり教育世代へのサポートというのは、
自分が含まれているから言っているというわけでもなく
今後日本経済を支えていくにあたって力不足な部分をどう補うかが心配だ。

●少し遠回り&時間と予算の痛みを伴うかもしれないが、
NEETやフリーター、社会人の中でも現在の立場に影響を及ぼさずに
(もちろん向上したい人を妨げる必要も無いが)
再教育ができるような仕組みが必要なのかもしれない。

http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=MNP&PG=STORY&NGID=soci&NWID=2005042101003653
posted by SAT at 03:07| ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんかモルモットにされたような感じだよね・・・その世代は。
それにしても、円周率をおよそ3として教えるって言ったときは驚いたなぁ・・・。なにしろ、円を六角形と見なした時の円周率ですからな。3てのは。
俺は、円周率≒3.14ていうので、小数の計算とかその辺も鍛えられたと思ってたので、『ゆとり』を導き出すためにそういうところを切るのは何か違うと思ってたなぁ・・・当時は(まぁ今も ^−^;)
今後、どういうカリキュラムになっていくのか、興味深くもあり、心配でもありますねぇ・・・
Posted by Odakaz at 2005年04月22日 08:25
なんでゆとり教育なんてものを
やり始めたのか発端を知らないんで
意見するのもアレですが、前々から
日本人の学力低下が明るみに出ているのに
なんで真逆なことをやってるのか不思議で
ならなかった。
おだっちの言うとおり円周率3ってのは
本当に意味がない。小数点計算に慣れた
のは円周率で頻繁に計算するからだと
思うのは同感です。
ふと思ったんだけど、学力低下を抑えるため
に、レベルを下げることでテストの平均点を
あげて見た目だけでも学力向上したように
みせかける政策だったのかな・・・?
まさか・・・ね?^^;
Posted by ぎーす at 2005年04月22日 11:07
Odakaz様
ぎーす様
いつも書き込みありがとうございますm(_ _)m

モルモットのSATです(笑
学校教育の内でデキの悪かった私ですら、
円周率3というのは驚いたものです><
話は逸れるかもしれませんが、
ぎーす様の仰るとおり、
円周率3で小数点が鍛えられないまま育ってしまい、大人になってからホントに大事な「何割」の計算が瞬間で出るようにならないのかと思うと、今でもヤバい大人のお金の使い方が、10年後には更にヤバくなりそうで怖いですーー;
例を取りますと、スーパーで
258円の肉が2割引の場合に、いくらになるかとか、よくわからないままお買い物をする事になりそうですねぇ(私的には、(258/10)*2=52円の値引きっていつも計算しています。あ、少数使ってないや。じゃ、258*0.8で!笑)

>ふと思ったんだけど、学力低下を抑えるため・・・
なんか、借金で首が回らなくなって自転車操業している人みたいな政策ですよねぇ^^;
Posted by SAT at 2005年04月24日 13:03
円周率「3」ですか...。個人的には実際に生活をしていて円の面積を正確に出す必要性ってどれぐらいあるのだろうか、と考えたら自分自身の人生を振り返ってみてもほとんど思いだせないぐらいのレベルですが...。

私は数学がとても好きだったので、いろいろ知りたかった方ですが、教科書を開けるのもいやな人に「3.1415...を覚えなさい」なんて退屈の極致ではないでしょうか?

「ゆとり教育」を始めた本当の目的が明らかにならないと何とも言えないのですが、塾・予備校通いがエスカレートする中で子供たちに学校以外で取り組んでほしいことがあったり、親の負担を減らしたいという動機はあったと思います。でも、未だに親や子供たちには「いい大学に入りたい」「いい会社に入りたい」という願望が以前として根強くあるんだと思います。「お上」主導で「ゆとり」を実践しようとした所、ギャップが生じているということでしょうか?


子供を持つ身になって、教育ということには関心を持たざるを得ません。


最近感じていることは、「ゆとり教育」でよくあげられる円周率云々ということよりも、情緒的なものがなおざりにされているということです。それは学校で学ぶことも多いでしょうが、より大切なのは家族だと思います。子供は純粋なので、親や先生が「いい」ということはどんどん吸収していきますね。これは子供の素晴らしい所でもあり、怖い所でもあります。まずは親や先生が正しい教育を受けるべきであり、それがままならない状態で子供に正しいことを教えることはできません。

「ゆとり教育」で時間ができたのなら、今まで不足していた内容に当てることもできるのではないでしょうか?簡単に謝罪して元に戻すべき代物なのでしょうか?もちろん、物足りない生徒にも周りに合わせることを強要することはマイナスだと思うので、そういう子には先に進む機会を与えることも必要だと思います。

また、最近反日運動が問題になりましたが、歴史教科書問題のようなものはこれからの世代にそのまま引き継いではいけないものだと思います。結局大人たちが右だの左だの争っている内容が尾を引いて子供たちの未来を不安定にしています。

結局重要なのは目的やビジョン、方向性であって、それがしっかりしているのであればいずれは善い実を結ぶことはできるけれども、単なる個人や特定の団体の利害でしかないとしたら、混乱を招くだけではなく、思わぬ悪い実を結んでしまうことになりかねません。

初めて「ブログ」というものに書き込みをしてみました。全く知らない人の「ブログ」に書き込みをすることにはかなり抵抗があったのですが、仕事仲間の「SAT」さんの「ブログ」ということで書いてみたくなりました。今後もよろしく。

(「SAT」さん、お仕事本当にお疲れ様です。「時間の切り売り」から脱出できるように頑張りましょう。)
Posted by bilingual兄貴 at 2005年05月08日 23:27
ギャップかぁ・・・それもありそうですね〜
ゆとり教育で出来た分の時間を学習塾にあてて、ひたすら受験勉強させてるような家庭も多いみたいですし。

あと、やる事が極端すぎるようにも思えますね〜。指導内容をばっさり切った事によって、大学の理数系学科なのに、微積知らないって人が沢山いたりって事もあるみたいです。その他にも第二外国語がなくなっちゃったり、英語の授業は英単語から・・・とか ^ー^;

当然といえば当然なんですが、義務教育の中だけじゃなくて高校、大学へも波及してるんだなぁと思いました。

なんつ〜か、徒競走で最後はみんなでゴールインしましょうっていうのと似てるなぁ・・・なんて。まぁあれもおかしな話しだと思いますけど。

bilingual兄貴様が書かれている通り、物足りない生徒に対して、先に進む機会を提供するのは必要ですよね。そのために、教科書の「発展」てやつがあるみたいですけど、あれもまだうまい調整が出来ていないみたいですね。

俺は独り者なんで子育てはまったく分からないですが、もし子供がいたら・・・そうだなぁ、Newtonとか文庫本とか一緒に読んで感想言い合ったりかな。あとはドキュメンタリー番組見たりとか・・・
ってそれは自分の好みか(・_・;
Posted by Odakaz at 2005年05月09日 09:03
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。